「キレイな心の習慣」Ⅲ
こんにちは!うさぎのB子で~す。
「キレイな心の習慣」のリクエストメールを頂きました。本当に有難うございます。
日頃よく使う言葉ですが、「いただきます」と「ごちそうさま」の意味について考えたいと思います。
「いただきます」・・・「頂きます」と書きますので、頂上という意味になります。頭の上に食べ物をカゴに入れて歩く習慣の国もある様に、「食物」=生命をつなぐ大切なもの という考えからくると言われています。
また皆さんもご存じだと思いますが、動植物の生命を自分の生命維持のために奪う行為が食事となるので、「命を頂戴する」ということで「頂きます」となります。
食べ物が貴重だった時代には、今日も食べることが出来る、今日も無事に家族で食卓を囲む事が出来ることに感謝し、動植物のいのちの犠牲に感謝する気持ちを皆がごくごく自然に持っていました。
「ごちそうさま」・・・「御馳走様」と書きますので、色々な人が「駆けずり回っている様」になります。実は、食卓に食事を用意するお母さんであったり、お米を作ってくれたお百姓さんや出荷した農協の方々、運送屋さんであったりスーパーで陳列する店員さんが、そして炊飯器を製造したメーカーの方々等そのように考えていくと、たったお米のことだけでも、どれだけ多くの方々が携わって今、目の前のご飯になって届けてくれたのか、そのことに感謝せずにはいられません。魚や肉そして野菜となると莫大な数の人々のお陰で、ひとつの食事が出来るんです。
「いただきます」と「ごちそうさま」は素晴らしい日本の文化であり、宗教観でもあります。
自分一人で生きている人なんていません。生かされて生きているという事に感謝し、だから人生の役割があり、他人のお役に立たせて頂くという使命感が必然的に生まれるのかも知れません。
「キレイな心の習慣」のリクエストメールを頂きました。本当に有難うございます。
日頃よく使う言葉ですが、「いただきます」と「ごちそうさま」の意味について考えたいと思います。
「いただきます」・・・「頂きます」と書きますので、頂上という意味になります。頭の上に食べ物をカゴに入れて歩く習慣の国もある様に、「食物」=生命をつなぐ大切なもの という考えからくると言われています。
また皆さんもご存じだと思いますが、動植物の生命を自分の生命維持のために奪う行為が食事となるので、「命を頂戴する」ということで「頂きます」となります。
食べ物が貴重だった時代には、今日も食べることが出来る、今日も無事に家族で食卓を囲む事が出来ることに感謝し、動植物のいのちの犠牲に感謝する気持ちを皆がごくごく自然に持っていました。
「ごちそうさま」・・・「御馳走様」と書きますので、色々な人が「駆けずり回っている様」になります。実は、食卓に食事を用意するお母さんであったり、お米を作ってくれたお百姓さんや出荷した農協の方々、運送屋さんであったりスーパーで陳列する店員さんが、そして炊飯器を製造したメーカーの方々等そのように考えていくと、たったお米のことだけでも、どれだけ多くの方々が携わって今、目の前のご飯になって届けてくれたのか、そのことに感謝せずにはいられません。魚や肉そして野菜となると莫大な数の人々のお陰で、ひとつの食事が出来るんです。
「いただきます」と「ごちそうさま」は素晴らしい日本の文化であり、宗教観でもあります。
自分一人で生きている人なんていません。生かされて生きているという事に感謝し、だから人生の役割があり、他人のお役に立たせて頂くという使命感が必然的に生まれるのかも知れません。
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